東京地方裁判所 昭和54年(ワ)549号 判決 1984年3月26日
原告
福村絵理子
右法定代理人親権者
福村武
同
福村佐和子
右訴訟代理人
松本修子
黒田純吉
被告
松下電器産業株式会社
右代表者
山下俊彦
右訴訟代理人
永野謙丸
真山泰
小谷恒雄
藤巻克平
保田雄太郎
竹田真一郎
大島やよい
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一本件事故の発生
1 原告が昭和四一年四月一一日生の女子であり、被告が電気・通信・電子及び照明機械器具等の製造販売等を業とする株式会社であること、原告の父武が、被告製造に該る本件ガスストーブを購入し、これを家庭用暖房具に使用していたこと及び昭和五〇年二月八日、本件ガスストーブによつて暖をとつていた原告が、着衣が燃えたことにより身体に熱傷を負つたことはいずれも当事者間に争いがない。
2 右当事者間に争いのない事実、<証拠>を総合すれば、
原告の父武は、昭和四八年一二月ころ、被告製造に該る本件ガスストーブを購入し、原告宅の一階ダイニングキッチンに設置し、家庭用暖房具として使用し始めたこと、ところが、昭和五〇年二月八日午前七時二〇分ころ、起床して間もない原告が、着丈七〇センチメートル、胴巾四五センチメートルの薄手木綿地のネグリジェを着て本件ガスストーブで暖をとつていたところ、本件ガスストーブの熱により着衣が燃え上がつたこと、原告の悲鳴で事故の発生に気付いた武が直ちに消火に努めたが、右ネグリジェの前部はすそから首部分まで焼き尽くされ、その結果、原告は、その頭部・顔面・頸部・両上肢・胸部・腹部・背部及び大腿部に身体表皮面積約三〇パーセントに及ぶ二度ないし三度の熱傷を負つたこと、右受傷のため、原告には左第二ないし第四指の変形という機能障害が発生したほか、顔面の一部・頸部・胸部・両上肢・右大腿部に右熱傷による瘢痕を残したこと
がそれぞれ認められる。
二原告は、いわゆる製造物責任訴訟においては、被害者である消費者は、(一)製造物を用法に従つて適正に使用したこと(二)その使用によつて損害が発生したこと及び(三)その損害が適正な使用により通常生ずべき性質のものでないことを主張・立証すれば足りると主張する。
なるほど、いわゆる製造物の構造上ないし機能上の欠陥によつて消費者に発生した事故による損害の賠償を求める訴訟においては、科学知識又は専門知識の不足や証明手段の不足により、消費者において製造物の構造上又は機能上の欠陥の所在を究明し、科学的に厳密に立証することが困難なこともあると思われるけれども、消費者が事故の原因となつた製品を手許に保持している場合にはその構造上機能上の欠陥を究明し立証することも可能であろうし、仮に科学知識又は専門知識の不足がこれを妨げるとしても、鑑定によつてこれを補充することが可能であるうえ、裁判における証明は、論理的・科学的に完璧なものである必要はなく、通常人が安んじて行動できる程度の蓋然性をもつて確からしさが肯定されれば足りるのであるから、事案に応じて柔軟に対処することが可能であり、究明及び証明の困難を理由として製造物責任訴訟における製造物の構造上又は機能上の欠陥の不存在の主張立証責任を被告である製造者に一律に転換させることは公平に適うとは思われない。
そして、本件においては、後に触れるとおり、火源となつたガスストーブの本件は原告に保存されて存在するから、事故の原因がガスストーブ本体の構造上又は機能上の欠陥に帰せられるとすればこれを究明し立証することは原告にとつて必ずしも困難ではなく、一方、事故当時のストーブの構成部分であるノズルとバーナーはその後の改造により取り外されて存在しないのであるから、右ノズルとバーナーに構造上又は機能上の欠陥が存在しなかつたことの証明責任を製造者に負わせるとすれば、(とりわけ、その欠陥が設計によつてではなく、製品の製造過程で個別的に発生したものである場合に)その不存在を被告が証明することは困難なのであつて、その証明不能による危険を製造者である被告に負担させることは、公平の見地からみて、妥当とは思われない。
したがつて、前記原告の主張は、採用できない。
三本件における主たる事実上の争点は、被告製造の本件ガスストーブに構造上又は機能上の欠陥が存在したかの点にあるが、本件では右欠陥が存在したことを直接に証明する証拠はない。
したがつて、本件事故当時ないし事故発生前の本件ガスストーブの燃焼状況及び原告の着衣に本件ガスストーブから火が移つた経過を究明することが右欠陥の存否を探究する手掛りとして必要である。
そこで、以下、このような観点から事実関係を検討する。
1 最初に検討すべきものとして、原告が着用していたネグリジェに本件ガスストーブから引火した状況に触れる唯一の直接証拠として、成立に争いない乙第二〇号証の二が存在する。
これは、本件事故につき救急隊員からの報告で出火関連の事故として調査した東京消防庁淀橋消防署が作成した火災調査書及びその附属書類・写真などの一件記録であつて、その中に含まれる昭和五〇年二月八日消防司令補島田一夫作成の火災原因判定書には、火災発見前の状況に関する関係者の供述として、原告の父武が、「長女絵理子は(中略)冷蔵庫の南側に置いてある点火中のガスストーブに面して暖をとるためひざを曲げ中腰で両手を冷蔵庫の上に伸ばし首を左に曲げて、ガスストーブに接近してテレビを見ていました。ひざを曲げるような姿をしていたのでネグリジェのすそがガスストーブに接触していたのを知らずにテレビを見ていたようです。」と供述した趣旨の記載がある。
もしこの記載が信用できるとすれば、本件は単純な過失事故にすぎないものとなることはいうまでもない。
しかしながら、右武が島田消防司令補に対して右のような供述をしたかについては、次のように直ちには信用し難い点が存在する。
すなわち、原告法定代理人武及び同佐和子各尋問の結果によれば、本件事故発生後、右武は救急車に同乗して新宿の日本赤十字病院に至り、危篤状態にある原告に付添つていたもので、同日夕刻頃一度自宅に戻つたほかは終日同病院に滞在したというのであつて、一方、消防署員による火災原因調査の実施時刻については、証人磯部ツネの証言によれば、救急車の出発後同証人の立会で直ちに行われ、長時間を要しないで終了したと認められるから、はたして武が右火災原因調査中に自宅に立ち戻り、前記供述をする機会があつたかについては、疑問がもたれる。のみならず、右武の供述によれば、同人は、本件事故発生直前、本件ガスストーブの前を通つて廊下を隔てた手洗所に入る際、本件ガスストーブに正対して暖を採つている原告の存在に気づいたが、同女の様子からは特別危険を感ずることもないまま本件ガスストーブの前を通り過ぎたもので、その際の原告の姿勢は前記供述記載のようではなかつたというのである。
それならば何故前記のような供述記載が報告書に残されたかが疑問とされるところであるが、前記磯部ツネの証言、原告法定代理人両名の尋問の結果によれば、本件事故当時福村家の家事手伝をしていた礎部ツネが、消防署員の調査に立ち会い、質問に答えたことが認められるから、同女の供述がそのまま記載されたものかそれとも消防署員の推測をまじえたものが記載されたのかは別として、同女に対する質問の結果が福村武の供述として報告書に残されるに至つたものではないかとの疑念を否定することができないのである。
右の次第で、乙第二〇号証の二の右の部分については、その証明力に疑問があるので、これを本件事故発生経過の認定資料とすることはできない。
2 乙第二〇号証の二に次いで検討すべき証拠として、原告法定代理人両名の各尋問の結果がある。
すなわち、福村佐和子は、「事故が起きる少し前のころ、ストーブを点火したとき青色の炎が立ちのぼり、ガードを超えるのを見た」「ときどき青くぼおつとなるのを見た」「それでガス量を調節してしぼつて使用していたが、それでも燃焼中にときどき炎が大きくなることがあつた」「炎はガードを超えてストーブの前方に一〇センチメートルくらい飛び出すことがあつた」「購入後二冬目に入り、炎が大きくなるようになつていたが、事故の数日前又は一か月くらい前からとりわけひどくなつた」と供述し、福村武も、「炎がガードの上辺まで伸びる燃え方もあつたようだ」と供述している。
右各供述は、本件ガスストーブにおいては、空気調節機能が悪く、ガスと空気の混合が不十分なため、異常燃焼を起こし、それが本件事故の原因となつたとの原告の主張に副う趣旨のものである。
(一) そこで、右供述にみられるような燃焼を起こす可能性に関連して、本件ガスストーブの機構及び構造について検討すると、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件ガスストーブは、被告が昭和四七年六月一三日財団法人日本ガス機器検査協会大阪検査所からガス事業法第三九条の三、第三九条の五に基づく検定を受けたGS―二六〇Aの型式に属するもので、その外観は別添の図面のとおりである。
(2) GS―二六〇Aは、メタリックヒーター使用表面燃焼式の赤外線ストーブであり、そのガス燃焼の機構は、都市ガス六B用の場合、次のとおりである。
ガス管からストーブ内に入つたガスは、ノズルから混合管に向けて噴出され、その噴出による圧力低下により混合管内に一次空気を吸い込み、混合管内でガスと空気が混合されながら、バーナーに送られる。
バーナーは半円筒の形状で、半円部は金網であるが、平面部は耐熱ガラスで、半円筒の内部は空洞である。バーナーのガス取り込み部には円形の大きな開口部があり、混合気の自由な通過を妨げない構造となつている。
バーナー表面では混合気は燃焼し、その熱によりバーナーの金網を灼熱させるが、正常に燃焼している場合の炎は青色であり、その炎の先は、通常、バーナーの金網の三ないし四センチメートル上まで立ちのぼる。
点火つまみは器具へのガスの供給量を調節できるが、GS―二六〇Aは混合管内で一次空気とガスの混合比を一定とする設計であるため、ストーブに貼付されたラベルでも、点火つまみは常時全開にして使用するように指示されている。
(3) バーナーの背部には別図にみるとおり金属製の反射板が設置されており、反射板は僅かに凹状で焦点を結ばず、赤外線をストーブ正面に広く拡散放射する設計となつている。ストーブ前面には、バーナーと反射板を可燃物や人体から隔てるために細い金属棒を細状に組んだガードが設置されている。ストーブ前面においては灼熱したバーナーと反射板からの幅射熱を受けるが、反射板には焦点がないため、幅射熱が特定の位置に集中することはない。ストーブの外で幅射熱の量が最大となるのはバーナーに最も近いガードの位置である。燃焼した廃気は反射板に沿つて上昇し、ガード上端を超えて本体ケースの上縁部で器具外に出る。この排気熱は、ストーブ前面のガードの位置で受ける幅射熱よりも大きい。
右のとおり認められる。
(二) 右に認定したGS―二六〇Aの構造及び機能に照らすと、前記原告法定代理人両名の供述の意味するところは、事故当時本件ガスストーブに空気の供給不足からくる不完全燃焼が存在し、そのために混合気がバーナーの外部で二次空気と混合されて燃焼したために炎が大きく燃え上がり、原告の着衣に引火したという事故発生経過の想定であるところ、本件においては、右のような想定に副うかとみえる次のような事実がある。
(1) まず、<証拠>によれば、本件ガスストーブは、事故後使用を中止されていたところ、昭和五〇年一一月一九日、前記武が職場の同僚藤田裕に貸し渡し、藤田はこれを天然ガス一三A用として使用するため、同月二二日、株式会社東京ナショナルサービス江戸川ステーションでノズルとバーナーを一三A用に取り替えて、同月下旬以降これを使用したが、炎が不安定でときどき大きく燃え上がり、危険を感じたので、翌五一年二月二日、炎が出ることを告げて、江戸川サービスステーションに点検修理を依頼し、同月一四日バーナーを新品と取り替えて再び使用するに至つたこと、しかしその後も同様の燃焼状態がみられたことが認められる。
(2) また、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
前記武は、昭和五三年三月一三日、右のように天然ガス一三A用に改造された本件ガスストーブを国民生活センターに持ち込み、右のような燃焼の原因調査試験を依頼した。同センターは、一三Aのガスを使用して一〇〇ミリH2O(最小供給圧力)、二〇〇ミリH2O(標準供給圧力)、二五〇ミリH2O(最大供給圧力)と三種類のガス圧のもとで燃焼状態を調査したところ、バーナー部から均一に炎が出るのではなく、バーナーの始端部ではバーナー外の炎が小さいが、終端部近くでは炎が異常に伸びるという異常燃焼状態がみられた。そこで、ガス回路部を分解調査したところ、混合管の出口とバーナー入口にある拡散板の一部に綿ぼこりが付着しており、これを除去したのちの燃焼状態は正常であつた。
(3) 原告法定代理人福村佐和子尋問の結果により成立を認めうる甲第三号証は改造後の本件ガスストーブの写真であるが、それによると、本件ガスストーブの反射板には、バーナー終端部の上部にあたる反射板最上部に炎による焼けただれが存在するほか、ガードの外部の本体ケース上縁部には、右反射板の焼けただれ部位の直上部にすす状の汚れが付着しており、右の汚れはバーナー始端部の本件ケース上縁部にも存在していることが認められる。これら反射板の焼けただれと本体ケースの汚れは、前記(1)(2)の異常燃焼が存在したことを裏書きするものといえる。
(三) しかしながら、本件ガスストーブについて存在した右(二)の異常燃焼状態は、本件ストーブを天然ガス一三A用に改造後のものであるから、都市ガス六B用として使用されていた本件事故当時にも同様の燃焼状態が存在したかが問題である。
ところが、本件事故当時にも異常燃焼が存在したかについては、次のようにいくつかの疑問点が存在する。
(1) 前掲乙第二〇号証の二には、本件事故当日、消防署員が撮影した本件ガスストーブの写真が存在するところ、右写真にみるストーブ本体のケース上縁部には前記(二)(3)で認定したすす状の汚れが存在するようにはみえない。この点については、本件事故当時も少しすすが付着していたとの証人磯部ツネの証言もあるが、現在みられる汚れは藤田に貸したあとに付着したもので当時はこのように汚れてはいなかつたとの原告法定代理人福村佐和子の供述もあり、右磯部証言は採用し難い。
(2) <証拠>を総合すれば、本件事故発生の数日後、東京ガス高田馬場サービス店の係員が原告宅に赴き、本件ガスストーブを点検したこと、被告の東京住宅機器営業所に勤務する社員籾谷博夫が、昭和五〇年二月二六日、右高田馬場サービス店に電話して右点検の結果を尋ねたところ、本件事故についてガスストーブの製造者には責任がない旨の回答があつたことが認められる。
(3) <証拠>によれば、昭和五〇年二月二四日、原告の母佐和子から被告の住宅設備機器営業所に被告製のガスストーブによつて本件事故が発生したとの電話があり、同営業所に勤務する第一営業部次長島田明、被告のガス機器事業部第三販売課長籾谷博夫の両名が、同日午後、原告宅において右佐和子と面談したこと、その際、右佐和子からは、知人等から本件事故の発生をメーカーに連絡すべきだとの意見もあるので電話したとの経緯を述べたうえ、本件事故により治療費に多額の支出をしているので、メーカーとしての誠意を示してほしいとの申し出があつたが、本件ガスストーブについて異常な燃焼状態がみられたとの話はなかつたこと、島田らは右佐和子の申し出の意味を確認するため、同夜再度原告宅を訪れ、武と面談したところ、同人からは、自分としては被告に対して苦情を述べても筋違いであると考えるが、佐和子の考えはそうではないので同人と話し合つてもらいたいと述べて、原告の不注意で起きた事故であると推測する趣旨の発言があつたこと、籾谷が武に本件ストーブの燃焼状況に異常の有無を尋ねたところ、武はバーナーの表面から陽炎のような青い炎がたつていたとの答えがあつたこと、同月二六日、籾谷は本件ガスストーブを預つて持ち帰り、被告のガス機器事業部で各種検査の結果、燃焼状態をも含めて異常はなく、反射板と本体ケース上縁部にも焼けただれ、焼けひずみ、すすの付着がなかつたこと、同年三月一日、島田・籾谷の両名が右検査結果の報告を兼ねて佐和子に面談したところ、見舞金の問題については被告の一存でよいとのことであつたので、三月三日、島田ら両名は見舞金三万円、GS―二六〇Aの新品一台及び見舞品を佐和子に手渡し、この問題は相済みとの確認を得たことが認められる。
右に認定した事実によれば、右各交渉の当時、福村武、同佐和子の両名から本件ガスストーブの燃焼状態に異常があつたことについて具体的な訴えがあつたとはいい難い。
(4) なお、<証拠>によれば、本件ストーブと同型又は同種の被告製GS―二六〇、GS―二二〇(以上いずれも都市ガス用)、PS―二六〇、PS―二二〇(以上いずれもプロパンガス用)の各機種のガスストーブにつき昭和四七年中に混合管の加工不備により燃焼時にガス臭のするものがあり、被告において正常な混合管と無償で交換をした事例があつたことが認められるけれども、<証拠>によれば、国民生活センターに対し被告製のガスストーブについて異常燃焼を理由とする消費者の苦情が訴えられたことはない事実が認められるし、<証拠>によれば、被告に対して同様のクレームがなされたことも本件が唯一の例であつたと認められるから、前記の事実によつては未だ本件ガスストーブの混合管になんらかの欠陥が存在したと認めるには足りない。
(四) 右(三)にみるとおり、改造後の本件ガスストーブにみられた異常燃焼は、改造前に存在したことを確認できず、かえつてその不存在を推認させる資料が存在するのであるが、このような相違は、次に述べるように、改造前後の本件ガスストーブの部品の相違から生ずるものと考えられる。
(1) すなわち、<証拠>によれば、都市ガス六B用のGS―二六〇A型ガスストーブを天然ガス一三A用に改造するためには、天然ガスの発熱量が大きいため、ノズルとバーナーを取り替えるのであるが、一三A用のバーナーはそのガス取り込み部に拡散板と称する金属製の遮蔽板が設けられていて、バーナーに至つた混合気は、一部は拡散板の周囲の空隙から半円筒形のバーナー内部に流入するが、一部は拡散板に蜂の巣状に設けられた円型の小窓を通過してバーナー内部に流入する仕組みになつており、これにより混合物をバーナー全体に均一に拡散する構造となつていること、右のような構造のため綿ぼこり等が拡散板の小窓に目づまりを起こすことがありうるが、これにより混合気の正常な流入が妨げられた場合、混合気はバーナーの全面に均一に行き渡らず、バーナーの一部分では炎が小さくなる一方、他の部分では炎が大きく立ちのぼることが認められる。
そして、改造後の本件ガスストーブについての国民生活センターにおける燃焼試験において、混合管出口及び拡散板の一部に綿ぼこり等が付着したため異常燃焼が確認されたが、拡散板に付着した綿ぼこりの除去により正常な燃焼となつたことは前記のとおりであつて、<証拠>によれば、前記(二)(1)の藤田方では室内の清掃状態が不良で綿ぼこりが付着しやすい状況にあつたことが認められるから、藤田裕が使用中の昭和五〇年一一月下旬から昭和五一年春までにみられた異常燃焼も藤田方における綿ぼこり等による目づまりが原因であつたことを推認するに難くない。
(2) これに対して、改造前の都市ガス六B用のバーナーのガス取り込み部には、円形の大きな開口部があるだけで、拡散板がないことは前述のとおりであるから、バーナー入口部において綿ぼこりが目づまりを起こすとは考え難いし、また、バーナーの内部は空洞であるから、ここに綿ぼこりが目づまりするとも考え難い。
もつとも、前記国民生活センターにおける試験の結果、本件ガスストーブには混合管出口部にも綿ぼこりが付着していたことは前述のとおりであつて、混合管は本件ガスストーブの改造の前後で変わりはないことも以上の判示によつて明らかであるから、改造前の混合管出口部にも綿ぼこりの付着があつた可能性が全くないわけではないが、改造前の本件ガスストーブに異常燃焼が存在したと認め難いことは前記(三)で判示したとおりであるし、改造後これを使用した藤田方の清掃状態が不良で綿ぼこりの付着しやすい状況であつたことは右(1)に述べたとおりである。
3 以上に認定したところを総合すると、本件ストーブの改造後には綿ぼこりの付着による異常燃焼が存在したが、改造前に同様の異常燃焼が存在したかは甚だ疑わしいといわなければならない。
そして、前記2の原告法定代理人福村武、同佐和子の各供述については、バーナーの上部に青い炎が出ることを異常燃焼と誤解したための供述であると解されるところがあり、また、もし、その供述がさきに認定した改造後の異常燃焼と同様の状態が改造前にも存在したとする趣旨であるならば、その供述の信用性は疑わしいというべきである。
とりわけ前記佐和子の供述には、青い炎がストーブの前面にガードを超えて一〇センチメートル程度伸びる現象があつたとする部分があるけれども、特別な条件なくして右のような燃焼状態が発生すると認むべき証拠はないし、右佐和子の供述には風が室内に吹きこんだ場合に右のような状態が生ずるとする部分もあつて、そのような条件下で右の現象が生ずるとしても、これをもつてガスストーブの欠陥とすることができないことはいうまでもない。
4 飜つて、本件ストーブが正常の燃焼状態にあつた場合に、原告の着用していたネグリジェに引火又は発火する可能性の存否について検討するに、右ネグリジェが薄手木綿地であつたことは前認定のとおりであるところ、<証拠>によれば、ある文献においては、木綿は摂氏二五〇度では二秒で焦げ、発火点は同三九〇度であるとされ、別の文献においては、木綿の引火点は摂氏二三〇度ないし二六六度、発火点は同二五〇度とされているが、いずれにせよ各種繊維の中で木綿が最も燃えやすく、外国では木綿など燃えやすい繊維製品の児童用パジャマは販売を法律で禁止されていること、GS―二六〇Aは三〇〇〇キロカロリー毎時の発熱量を有するガスストーブであつて、バーナーの表面温度は摂氏七八〇度ないし八四〇度であるが、幅射熱はストーブからの距離の二乗に反比例して減少すること、GS―二六〇Aの使用説明書では、室内におけるストーブの設置方法につき、家具等は器具の前面から1.5メートル以上距離を置くこと、ストーブの背面も壁から三〇センチメートル以上距離を置くこと、じゆうたんが器具本体に触れないようにすること、器具のそばにカーテン・紙類など燃えやすい物を絶対に置かないことを指示していることが認められるから、木綿地のネグリジェがストーブの近くに存在した場合には、炎に触れれば勿論であるが、幅射熱又は排気熱を受けて発火点に至つても燃焼するに至ると解されるところ、<証拠>によれば、事故当日の朝、ガスストーブに点火した磯部ツネは、点火つまみをこころもち絞つた程度の全開に近い状態で燃焼させていたこと、原告は午前七時少し過ぎ頃に起床し、ネグリジェ姿のまま本件ガスストーブの正面に位置して暖を採つていて、七時二〇分頃事故に至つたもので、その間相当の時間を経過していること、原告はその間に膝を抱えてしやがみこみ、或いは立ち上がつて大きく伸びをするなどの姿勢もとつていたことが認められ、また<証拠>によれば右ネグリジェには裾に八センチメートルのひだがあつたことも認められるから、本件事故は、ストーブの異常燃焼がなくても、原告の着用するネグリジェと本件ストーブの位置関係次第で起こりうる状況にあつたということができる。
四以上で検討したところによれば、本件ガスストーブに設計上又は製造上の欠陥が存在したことは証明されないところといわざるを得ない。
原告は、被告がGS―二六〇Aの使用説明書においてどのような燃焼状態が異常燃焼であるかを説明するとともに異常燃焼を発見した場合にとるべき処置を指示することをしなかつたのは、消費者に対する製造者としての義務を怠つたものであると主張するけれども、本件事故が異常燃焼によつて発生したとの証明がないことは以上の判示によつて明らかであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。
五以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はすべて理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(稲守孝夫 小川克介 深見敏正)